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最高裁判所第三小法廷 昭和57年(行ツ)83号 判決 1983年9月06日

上告人

新潟県知事

君健男

右指定代理人

藤井俊彦

外一〇名

被上告人

山口清太郎

右訴訟代理人

三宅東一

主文

原判決を破棄する。

被上告人の控訴を棄却する。

控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。

理由

上告代理人柳川俊一、同並木茂、同野﨑彌純、同杉浦福夫、同東條敬、同瀬戸正義、同松岡敬八郎、同渡辺龍太郎、同一ノ関昇允、同岡元秀人の上告理由について

本件上告理由は、要するに、農地法五条所定の許可の制度は、専ら国民経済的な観点から効率的な農地等の所有及び利用関係を調整し、わが国全体の農業生産力の安定、向上を図ることを目的としたものであつて、近隣農地の所有者その他の第三者の有する日照、通風等の具体的利益を個別的に直接保護する趣旨のものではなく、これらの者は右許可の取消しを求める法律上の利益を有しないと解すべきであるから、被上告人が本件許可の取消しを求める原告適格を有するとした原審の判断には、法令の解釈、適用を誤つた違法がある、というものである。

そこで検討するのに、近隣農地の所有者その他の第三者が所論のとおりおよそ一般的に農地法五条所定の許可の取消しを求める法律上の利益を有しないものと解すべきであるかどうかはともかく、本件において被上告人が本件許可の取消しを求めるについての原告適格を基礎づけるものとして主張するところは、本件許可によつて本件畑地上に建物が築造されると、その所有する隣接畑地の日照、通風等が阻害されて農作物の収穫が激減し、その農地としての効用が失われるおそれがあるというのであつて、それは、本件許可自体によつて直接もたらされる法律上の効果ではなく、転用後の本件畑地上に特定の建物が築造されることによる事実上の影響にすぎないものというべきである。したがつて、本件において被上告人が本件許可の取消しを求めるにつき法律上の利益を有せず原告適格を欠くものとすべきことは明らかである。

そうすると、被上告人が原告適格を有するものとした原判決には、結局、法令の解釈、適用を誤つた違法があることになり、右違法が判決の結論に影響を及ぼすことは明らかであつて、原判決は破棄を免れず、本件訴えを不適法として却下した第一審判決は正当であるから、被上告人の控訴を棄却すべきである。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(安岡滿彦 横井大三 伊藤正己 木戸口久治)

上告代理人柳川俊一、同並木茂、同野﨑彌純、同杉浦福夫、同東條敬、同瀬戸正義、同松岡敬八郎、同渡辺龍太郎、同一ノ関昇允、同岡元秀人の上告理由

原判決は、被上告人が本件農地転用許可処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有するとしているが、これは農地法一条及び五条の解釈を誤り、行政事件訴訟法九条の解釈適用を誤つたもので、その法令違背が判決に影響を及ぼすことは明らかである。

一 原判決は、「農地を農地以外のものに転用することを許可する場合において、都道府県知事(又は農林水産大臣)は、農地法の目的(第一条)に照らして、当該転用許可に係る農地に隣接する農地につき耕作者がその農地を確保して農業生産力を増進し、耕作者の地位の安定を図ることは、同法の保護する耕作者の権利ないし利益であるから、当該転用許可によつて隣接農地の耕作者に波及する利害休戚を考量し、その権利ないし利害を不当に侵害することがないように当該転用目的のための土地利用関係を規制すべきであると解するのが相当である。」(原判決二枚目裏、三枚目表)とした上、本件農地転用許可処分に係る本件畑地に隣接する農地を耕作している被上告人は本件農地転用許可処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有するとしている。

しかしながら、農地転用許可制度は、近隣耕作者の個人的利益を保護するための制度ではなく、原判決の右解釈は誤りである。

すなわち、農地転用許可制度は、もともとは、戦時体制下あるいは戦後の食糧難時代において、国民の食糧を確保するという趣旨で設けられたものであり、近隣耕作者の個人的利益の保護を目的とするものではないのであるが、現在の農地法の目的(一条)に照らしても、法は転用許可に際し、近隣耕作者の個人的利益を保護することを目的として、行政権の行使に制約を課しているということはできないのである。

以下に、その理由を述べる。

農地法一条は、「耕作者の地位の安定と農業生産力の増進とを図ること」を目的とし、これを実現するための手段として、耕作者の農地の取得を促進し、及びその権利を保護することと、土地の農業上の効率的な利用を図るためその利用関係を調整することを挙げている。

右のうち、耕作者の農地の取得を促進し、及びその権利を保護することというのは、農地法一条に「農地はその耕作者みずからが所有することを最も適当であると認めて」とあることからも明らかなように、我が国のような零細農耕の支配的な農業の場合には、耕作者自身が農地の所有権をもつという自作農体制を確立することが農業の経営を最も安定させる途であるとの自作農創設特別措置法以来の自作農主義の考え方に基づくものである(若林正俊編著・最新版農地法の解説六ページ、二九ページ参照)。したがつて、同条にいう「権利を保護し」というのは、耕作者に農地を取得させるという、いわば農地の耕作権原の得喪関係において耕作者の権利を保護するということであつて、近隣耕作者の日照、通風を保護するというようなことを意味するものでないことは明らかである。

次に、農地法一条にいう利用関係の調整ということであるが、これは同条の文言自体から明らかなように「土地の農業上の効率的な利用を図る」ことを目的としているのである。

ところで、この「土地の農業上の効率的な利用を図るため」との文言は、昭和四五年の法改正で加えられたものであるが、右の改正は、我が国の社会的経済的諸情勢の変化に伴い、これまで農業に従事してきた者が他産業へ移る傾向が顕著になつてきた反面、農業技術の進歩に伴い生産性の高い大規模な農業経営が可能になつてきたことにかんがみ、農業への依存度を減じた農家の所有農地を農業への依存度の高い農家の利用に供され易くし、これによつて農地がより生産性の高い大規模な農業経営によつて効率的に利用されることを目的としたものである(昭和四五年九月三〇日四五農地B第二八〇二号地方農政局長・都道府県知事宛農林事務次官通達「農地法の一部を改正する法律の施行について」・農林水産省農政課・農地業務課監修農地法関係通達集(既墾地の部)Ⅰ制度運用篇三四ページ参照。添付資料1)。

そして、この目的は、昭和四五年の法改正において、農地等の権利移動の制限(三条)の緩和、農業生産法人の要件(二条七項)の緩和、小作地の所有制限(六条、七条)の緩和、賃貸借の解約等に関する規制(二〇条)の緩和、小作料統制(二一条ないし二五条)の緩和等がなされたことに具現されているのである。

したがつて、農地法一条に「利用関係を調整し」とあるのは、右のような国民経済的見地に立つて、我が国の農業構造の改善を図ることを目的とするものであつて、隣接耕作者の日照、通風というような個別的な農地の利用調整を意味するものではないのである。

以上のように、農地法一条の目的とするところは、国民経済的公益的見地から効率的な農地の所有及び利用関係の調整をすることにより、我が国全体の農業生産力の安定、向上を図るということであり、個々の農地について日照、通風の便を確保し、その生産力の向上を図るというような耕作者の個人的利益を保護する趣旨を規定したものではないのである。

したがつて、農地法一条の目的が右に述べたようなものである以上、同条を根拠として、農地転用許可制度に近隣耕作者の個人的権利・利益を保護する機能を求めることはできないのである。

なお、農地法施行規則六条一項、四条一項六号は、許可申請書に「転用することによつて生ずる附近の土地、作物、家畜等の被害の防除施設の概要」を記載すべき旨を定めているが、これとても、我が国の農業生産力の安定、向上を図るために農業環境の悪化を防止するという一般的、公益的見地から、行政上の配慮をすることとしたものであつて、近隣耕作者の個人的利益を直接保護しようとするものではないのである。すなわち、右の行政的配慮によつて近隣耕作者が受ける利益は、法律上保護された利益ではなく、いわゆる反射的利益にすぎないのである。

二 次に、原判決は、被上告人が本件転用許可に係る農地の隣接耕作者であることをもつて、本件転用許可処分の取消しを求めるにつき法律上の利益があるとしたものであるが、処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれがある者でなければならないのである(最高裁判所昭和五三年三月一四日第三小法廷判決、民集三二巻二号二一一ページ参照)。

しかるに、本件処分は、本件畑地を宅地に転用する目的で所有権移転することを許可したにすぎないものであつて、処分それ自体が被上告人の権利若しくは法律上保護された利益を侵害し又は必然的に侵害するおそれがあるものではない。仮に、本件畑地が宅地に転用され、そこに建物が築造されることによつて、被上告人の耕作地に日照、通風等の被害が生ずるとしても、それは転用許可によつて生ずる直接の被害ではなく、建物築造という全く別個の行為によつて生ずるものにすぎないのである。しかも、建物築造によつて被上告人主張のような被害が生ずるか否かは、当該建物と被上告人の耕作地との位置関係、当該建物の構造等によつて左右されるものであつて、本件転用許可処分によつて必然的に被上告人主張のような被害が生ずるおそれがあるとはいえないのである。

したがつて、被上告人は、右のような点からしても、本件農地転用許可処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有しないものであつて、これを有するとした原判決は行政事件訴訟法九条の解釈適用を誤つたものである。

三 ちなみに、山口地方裁判所昭和五五年一一月一三日判決(訟務月報二七巻三号五三九ページ。添付資料2)は、隣接農地の所有者(この点、判決文中では単に近隣居住者とされているけれども、真実は右判例に付された解説に記載されているとおり隣接農地の所有者である)が農地法五条に基づく知事の許可処分の取消しを求めた事案についてその原告適格を否定しており、この判断は控訴審(広島高等裁判所昭和五六年四月一六日判決・公刊物未登載。添付資料3)においても支持されている。また、最高裁判所事務総局民事局も、昭和三七年法律第一六一号による改正前の農地法八五条の訴願に関してではあるが、転用農地の隣接耕作者は転用許可を不服として許可の取消し又は変更を求める訴願を提起できない旨の見解を表明している(昭和三七年度名古屋高等裁判所名古屋金沢農地事務局管内農事調停裁判官小作主事協議会要録八三ページ。添付資料4)。

なお、福岡高等裁判所昭和三三年二月一三日判決(行裁集九巻二号一三一ページ)は隣接農地の耕作者が農地法四条に基づく知事の許可処分の取消しを求めた事案につき、名古屋地方裁判所昭和四二年一〇月七日判決(行裁集一八巻一〇号一二九〇ページ)は近隣耕作者が農地法五条に基づく知事の許可処分の取消しを求めた事案につき、いずれもその原告適格を肯定しているが、前者はその理由を明示していないし、後者は事案を異にするばかりでなく、およそ原告適格の基礎となる「法律上の利益」とは、行政法規が私人等権利主体の個人的利益を保護することを目的として行政権の行使に制約を課していることにより保障されている利益であつて、それは行政法規が他の目的、特に公益の実現を目的として行政権の行使に制約を課している結果たまたま一定の者が受けることとなる反射的利益とは区別されるべきものであることは前記最高裁判所判決に判示されているとおりであつて、後者の事案につき原告適格を肯定するにあたつては許可処分の根拠法規たる農地法の諸規定の分析検討を行い同法が私人等の個人的利益を保護することを目的として行政権の行使に制約を課しているか否かを判断する必要があるのに、これを行うことなく、単に冠水等による原告所有地の所有権侵害のおそれがある旨の原告主張に基づき原告適格を肯定したものであるから、結局、「法律上の利益」の解釈につき前記最高裁判所判決とは異なる見解のもとに原告適格を肯定したものと考えざるを得ず、したがつて、右二判例はいずれも本件について先例としての価値を有するものではない。

四 以上述べたとおり、原判決は、農地法一条及び五条の解釈を誤り、行政事件訴訟法九条の解釈適用を誤つたもので、その法令違背が判決に影響を及ぼすことは明らかである。

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